第11回 肥満ホルモン「レプチン」と睡眠ホルモン「オレキシン」/自

東京大学 立花隆ゼミ 酒井寛
前回のブレインミステリーでは「ホメオスタシス」について、おおまかに紹介しました。覚えていますか?復習すると、ホメオスタシスとはホルモンという物質を血液中に放出したり、交感神経と副交感神経という2種類の神経のネットワークがバランスをとりながら働いて、体全体が「生きるためのベストコンディション」になるように調節する働きのことでした。そしてその「司令塔」とも言うべき器官が脳の一部である「視床下部」だった、ということでしたね。今回のブレインミステリーでは、ホルモンを用いたホメオスタシスが実際にどのようなものなのかを箕越先生の研究の重要なテーマである「エネルギーの摂取(食べること)とその消費(体で使うこと)」、それに関わるホルモンである「レプチン」、そして「オレキシン」という物質の、箕越先生を中心とする研究者が解明してきた働きを例に細かく見て行きます。
レプチンと脂肪細胞 〜脂肪細胞から視床下部へメッセージ〜
脂肪細胞、と聞くと「脂肪細胞→脂肪→太る!→悪いヤツ!」と連想してしまいそうになりますが、ちょっと待ってください!動物はご存知の通り、自分でエネルギーをつくることができないので、食べ物を食べて生活しています。もし、体にエネルギーを蓄える機能がなければずっと食べ物を食べていなくては行けません。それでは生まれてから死ぬまで食べてばっかりの人生!つまらないですね。しかし実際には食べたエネルギーをためておく能力を持っています。どこにためているのでしょうか?実は、肝臓や筋肉、そして脂肪細胞にエネルギーをためているのです。「インスリン」というホルモンが分泌されるとこれらの細胞にエネルギーをためるのですが、体で使う以上にたくさん食べることができた時は、余ったエネルギーを主に脂肪細胞にためます。脂肪細胞はいわば、「エネルギーの予備貯蔵庫」の働きをしているのです。エネルギーをためること以外にも、動物が生きて行く上で重要な役割を脂肪細胞は担っています。それはホルモンの分泌です。そしてその中の一種が、前回にも少し登場した「レプチン」なのです。
「レプチン」という物質は、前回で説明したホルモンの一種で人間の体が生きて行くのに必要なエネルギーの摂取(つまり、「食べる」こと)と、そしてそれをどのように使うのかを調節しています。生物の体ではエネルギーを摂取しすぎても、また使いすぎても生きて行く上で重大な障害となってしまうので、このレプチンの果たす役割がどれだけ大きいかわかりますよね? 脂肪細胞からレプチンが分泌されると、おなじみ「ホメオスタシスの司令塔: 視床下部」で受け取られます。レプチンを受け取った視床下部は食欲を抑制する、すなわち「食べる気無くなるモード」に体を切り替えます、それと同時に交感神経という体中に電線のように張り巡らされたネットワークに作用して、肝臓や筋肉などに「体の中にあるエネルギーを消費しろ!」と命令を出します。つまり、食べる量を低下させてエネルギーが取り込まれるのを抑制し、さらにからだでのエネルギー消費をあげることで、体全体でエネルギーの過剰な蓄積を防ぐことができるのです。しかし、過剰なエネルギーを摂取しすぎる、たとえば脂っこい高脂肪食を食べ続けるとこのメカニズムに「ゆがみ」が生じてきます。高脂肪食を食べ続けると、やがてレプチンが視床下部で効かなくなり逆に食欲が促進される上に筋肉などでのエネルギー消費が低下し、糖尿病などの病気を引き起こす事態になってしまいます。
レプチンはこのようにして食べる量および、エネルギーの消費を調節することで体の中のエネルギーバランスを正常に保っています。他にもレプチンは様々な働きを持っています。例えばやせすぎると病気になりやすいと言われていますが、その原因の一つはレプチンが少なくなってしまい、免疫(菌などの外部からの敵から自分をまもるシステム)が低下するためだと考えられます。
オレキシン
このオレキシンという物質はオレキシンニューロンとよばれる神経細胞から生み出される物質で、1998年になんと日本人がはじめて発見した物質なんです!そのオレキシンニューロンは「ホメオスタシスの司令塔」である視床下部に存在します。オレキシンも多くの作用を持っています。レプチンが摂食活動をおさえる働きをもっていたのに対し、オレキシンは促進する働きを持っています。他にも睡眠と覚醒のコントロール、交感神経の活動を促進して体のエネルギー消費を促進する、などの機能を持っています。実際に、オレキシンが視床下部で分泌されると、筋肉が血液からエネルギーの元である糖分を使うために取り込む速度が、最大で約3倍になるということが箕越先生達の研究の結果分かりました。オレキシンが分泌されると、筋肉ではオレキシンの無いときに比べてどれだけ素早く、多くのエネルギーを使うようになるかが分かると思います。このようにオレキシンも重要な役割を多く担っているので、体の中でつくられないとナルコレプシーという、突然眠ってしまうという症状や、肥満、糖尿病などを引き起こす原因になります。
さて、そんなオレキシンについて、もう一つある面白い性質が分かっています。マウスにとってはご褒美のようなものである、甘い味のついた水を毎日決まった時刻に与えると、脳のなかのオレキシンを作り出す神経の活動が盛んになることがわかったのです。このことは、なにか動機があり(この場合であると、「甘い水を飲みたい!」ということ)、それが達成される(この場合であると「甘い水が飲めた!」という達成)と、オレキシンの生産が多くなるということを示しています。簡単に言うと、「食べる」という行動に対して「楽しみだなあ〜幸せだ〜!!」と思いながら、よく味わって食事をするとオレキシンの分泌が盛んになるということなのです。
 
以上、いろいろな性質を持っているオレキシンですが、実は「エネルギーの摂取と消費」という点から考えると、全ての機能が一本の線につながります。みなさんは体によいご飯の食べ方として「寝る前にはご飯を食べない」や「ご飯はよくかんで楽しんで食べること」というのを聞いたことがあると思います。これはまさに、オレキシンがたくさん分泌されるための大事な条件なのです。朝昼晩の三食を毎日決まった時間にとり、よく噛んで楽しみながら食べるとオレキシンの分泌が多くなり、体のエネルギーの消費能力が高められます。すると、余ってしまうエネルギーを減らすことができ、脂肪組織が必要以上に大きくなることを防ぐことができるのです。そうすると肥満などの原因となる脂肪組織が大きくなってしまうことを防ぐことになり、健康な体を維持することにもつながります。
このようにオレキシン、レプチンは、とても小さい分子であるにかかわらず、遥かに大きな生き物の体のコンディションを大きく動かす働きを持っているということが分かっていただけたと思います。
 
しかし、箕越先生達の研究はここでは終わりません。さらに細かく、詳しく研究を進めて行った結果、また新たな事実が分かりました。そのストーリーの主役の名前は「AMPK」です。一体、何なのか?何をしている物質なのか?次回、詳しく紹介します。
 
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